廃墟を旅する 

産業遺産や戦争遺跡、時を超えた郷愁への旅路へ・・・

【戦争遺跡・地下壕】茂原海軍航空隊・腰当地下壕

ほの暗い土の中から2

茂原海軍航空隊・腰当地下壕

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前回の【茂原海軍航空隊・長尾地下壕】に引き続き、茂原にある海軍航空隊が掘削した地下壕を紹介する。
この壕は「腰当地下壕」といわれる。なんの壕なのかというと、地下病院であるらしい。


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入壕してみた。


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ちょっと歩いてみると少しずれた十字路が出てきた。


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天井にいた蝙蝠。冬眠中なのだろうか、ふらふら揺れていた。
夕方の空や花火会場の夜空でよく飛んでいるのを見かけてが、地下壕をねぐらにしている者もいるようだ。


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通路の先に開口部の光が見える。長い、とても長い。


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先ほどの十字路を左に、奥に進んでみる。


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硬く舗装された床。これはコンクリートだろうか?


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十字路。


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壁にある掘削の跡。つるはしの跡だろうか。


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開口部と十字路。この壕は全体に長い通路でできており、交差には十字路がある。


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謎の窪み。これは掘削間違いだろうか?


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十字路の左の坑道。丸く直線に掘削されている。


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十字路の右の坑道。こちらも直線通路。


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左の通路から十字路を見る。



以上で茂原にある戦争遺跡の紹介を終わりにします。
茂原海軍航空隊関連の遺跡はまだまだ沢山ありますが、その断片だけでも紹介できてよかったです。遠い記憶の中にある戦争を身近に感じられる場所でした。


次回予告
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次回は白石鉱山を紹介します。乞うご期待。

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  1. 2011/02/28(月) 16:25:51|
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【戦争遺跡・地下壕】茂原海軍航空隊・長尾地下壕

ほの暗い土の中から

茂原海軍航空隊・長尾地下壕

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前回の【茂原海軍掩体壕群】で触れたように、今回から二回連続で茂原に掘削された海軍地下壕を紹介していく。
第一回目の今回は、兵員の宿舎壕とも、司令部壕とも呼ばれている「長尾地下壕」を紹介する。


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新茂原駅から少し離れた場所、豊田小学校の隣に素掘りの隧道がある。これが目印だ。この隧道は軍が掘削したかどうかはわからない。


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壕口がわからないので、まず周りを少し探してみた。するといくつも小さい壕や連絡壕があることがわかった。


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このような小さな壕が沢山ある。これは貯蔵庫だろうか。


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いくつかある連絡壕のなかでも立派なものがあった。


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コンクリートで入口と出口の場所に段差が作られている。この連絡壕の中間には天井に突き抜けの穴が開いていた。コンクリートの段差は戦中に作られたのか、戦後に作られたのか不明。


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隣に小さな壕があった。


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なんだかんだかなり探してやっと見つけたメインの壕口。これが長尾地下壕の入口だ。


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さっそく入壕。


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入口からまっすぐの坑道を進んで左に進むと広い部屋が現れた。


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全体に丸く掘削されている。このような部屋が全部で11個所ほど存在する。


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進んだ先の通路。T字路になっている。右に行くと外に開口している。


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次の部屋にポツンとあった碍子。この壕に電気が来ていたことを思わせる遺物だ。


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二部屋目の次の通路に二つ目の開口部。


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三つ目の部屋。この壕若干ゲジが多い。しかも群衆している。非常に不快。というか恐怖。


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さらに進むと三差路が現れた。これを左に行く。


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一つの部屋があり、その先は外に通じていた。


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これを見ればわかるが、段差が高すぎて外に出られない。どういうことだろう?


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三差路を右に行ってみる。少し崩落している。


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大戦末期の建築ではあるが、海軍の壕というものは非常に綺麗に掘削されていることが多い。今回の壕も美しく掘削されている。おまけに頑丈そうだ。


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ここも非常に綺麗だ。


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二つの部屋を抜けるとT字路が現れる。そこを右に行くと四つ目の開口部が通路の先にあった。


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小さい部屋とこの壕で一番広い部屋を同時に見る。こうしてみると長大な通路のようにも見える。


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またも出てきたT字路。これを右に行くと二つの小さな部屋がある。


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規模は小さいが、


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綺麗に掘削された階段が二つの部屋には存在する。


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一番広い部屋。今まで見てきたが、この壕は兵員の宿舎能力を考えた作りであることは間違いない。このような作りは軍需工場の地下壕とは明らかに違い、やはり司令部や宿舎壕であったと思う。


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雨が降ると水没してしまうらしい区域。ビンケースで足場が出来ていた。この時は水没していなかった。


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五つ目の開口部。ここは出てみたら密林だった。


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いくつも開口部があるのは、敵から攻められた場合にどこからでも脱出、あるいは反撃ができるためである。千葉は本土防衛戦の要である水際戦をやる地域だ。だからより実戦的な地下壕が構築される。戦闘になればこの地下壕は防衛拠点となったことだろう。


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広い壕から四つ目の開口部に向かって見る。こうして見るとかなり長いことが分かる。約50メートル以上はある。


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いくつかある開口部の一つから外に出た。こうして見ると地下壕の入口が秘匿性を持っていることが分かる。


長尾地下壕
だいたいの壕内図。縮尺などは適当なのであてにしないでください。さらに今回は自分のミスで、水没する最後の部屋の図を描けなかった。なんてことだ。

今回の地下壕は、海軍の地下壕であるということもあってか掘削が非常に綺麗で感動した。今までは軍需工場ばかりだったので、宿舎壕というのは初めてだったが、隊員達は爆撃のさなか、この壕に入ってやり過ごしたり、寝泊りをしていたのだろう。
米軍の本土上陸があれば、九十九里に上陸した米軍をすぐさま迎え撃つことになったであろうこの地下壕。兵員も地上要員として戦闘にあたっただろう。そうなれば玉砕していたと思う。戦闘の最前線として歴史に残ったであろう。
現在、この地下壕を知っている人はほとんどいない。部隊玉砕という歴史が無かったことは嬉しいが、茂原海軍航空隊の歴史とともに地下壕も忘れ去られていくと思うと、寂しいような気がした。

次回は二つ目の地下壕、腰当地下壕を紹介します。

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  1. 2011/02/25(金) 21:14:24|
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【戦場遺跡・地下壕】茂原海軍掩体壕群

茂原に残る戦争の記憶

茂原海軍掩体壕群

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千葉県茂原市、ここにも大東亜戦争の記憶が残っている。
以前に紹介した【陸軍調布飛行場の掩体壕】でも出てきたが、今回も掩体壕が多数残る場所に行ってきた。この掩体壕群は、海軍第二五二航空隊(茂原海軍航空隊)が建設したものであり、この茂原海軍航空隊は、主に外地の戦闘や帝都の防空、さらに特攻作戦に従事した。主要な航空機は、零式艦上戦闘機・九九式艦上爆撃機・彗星艦上爆撃機・月光夜間戦闘機などであった。なので、掩体壕の規模はそれほど大きくない。


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掩体壕が建設されたのは、やはり調布と同じように本土が空襲され始めた戦争末期であった。そのため、短期間の造成と物資不足のせいで頑丈ではなく、爆弾を真に受けたらどうなるかはわからない。


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上記の掩体壕は茂原の掩体壕の中でも大型のものである。


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この掩体壕の上部を見てみると面白いものがある。


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くぼみが見えるだろうか?これは当時の建設に携わった人の足跡である。当時の記憶がそのまま現在まで残されたようだ。


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別の掩体壕。


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上に草木が生えて発見が非常に難しくなっている。


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掩体壕の内部に入り天井を見てみる。すると大きい石や砂利が多数入りこみ、荒いコンクリートで作りだしたことが分かる。末期の軍事建築物はこのように荒いコンクリートの作りが多いが、ここも例外ではない。


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内部より外を見る。


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近くにある別の掩体壕。本当に小山のようになっている。


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上記は先ほどの掩体壕。こうしてみると、二つは向かい合って建築されていることがわかる。


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内部の様子。床部分はコンクリートで舗装されていることがわかる。


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こちらも荒いコンクリート。畳でも使ったのか、長方形の形がくっきり見える。


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掩体壕の後ろ部分。狭いがこちらからでも入れる。爆風を逃がすような作りをされているのだろうか?


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茂原掩体壕を作る際、建築途中に動員された小学生が、掩体壕崩落事故に巻き込まれて多数亡くなったそうだ。


中村_7575_R
そのような悲しい記憶も、激しい帝都防空の記憶も、絶望的な特攻の記憶も、掩体壕は伝え続けている。



次回予告
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次回より、茂原海軍航空隊が掘削した二つの地下壕を公開!乞うご期待。

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  1. 2011/02/21(月) 15:28:46|
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【産業遺産】思い出の廃鉱山

埼玉県某所、秩父に近い山の中

思い出の廃鉱山

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この廃墟を見つけて興味を持ち始めたのはいつのことだったか。
まだ自分が小さかったころ、秩父に抜ける街道の道端に朽ち果てた建物があることに気付いた。それが廃墟というものであることを知ったのはだいぶたった後である。「あれは何なのだろうか?」と疑問を常に抱いてきたが、実際にその場所に行ってみたことはなかった。
時間は流れ、廃墟というものに触れ始めた現在。思い出したようにこの地元の廃墟に行ってみることにした。


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もはやけもの道なってしまった舗装道路を昇る。
調べてみると、ここはもともと石灰石を採掘する鉱山だったようだ。小川町駅からこの鉱山まで「根古屋線」という貨物鉄道が走っていたという。少なくとも自分が気づいた時にはそんな線路はなかった。そのころすでにこの鉱山も閉山していた。


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鉱山ということを示す遺物が沢山ある。


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いよいよ気になる建物内に入る。


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小さな廃墟ではある。しかし、こんなにも廃墟美にあふれている。


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無言の空間と錆びた鉄。当時のにぎわいは感じ取れない。廃墟だ。


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昔からの疑問は解けた。こうなっていたのか。


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電源はすべてオフ。二度と通電はしない。


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点検注意。

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自分は山に囲まれたこの郷里が好きだ。都会に住むとわからなくなる静寂と自然があたり一面にあるからだ。


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「蟲師」という漫画が大好きだ。なんだかその世界観と似ているような場所なのだ。


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そんな郷里にまた一つ好きな場所を見つけることができた。


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当時は油を塗られピカピカだったのかもしれない歯車や整備品は錆びだらけのオブジェになっている。


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自分が生まれる前からここは廃虚だった。そしてこれらの部品も一度も動かずここにあったのか。
そう思うと、やはり廃墟時間は悠久の時の中にあるような気がする。


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小さかった自分もすでに大人といわれる年齢を超えた。でもこの廃墟は一つも変わっていない。


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いずれこの廃墟も崩れ落ち、無に帰るのだろう。それは人も同じこと。


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全ては思い出の中に存在する。

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  1. 2011/02/16(水) 11:13:54|
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【戦争遺跡・地下壕】大房岬要塞

帝都防衛、東京湾要塞の記憶

大房岬要塞

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千葉県房総半島、大房岬という場所にかつて要塞があった。その名も「大房岬要塞」。
ところで、「東京湾要塞」というものを知っているだろうか?これは、帝都東京と東京湾を防衛するために、東京湾一帯に構築された要塞と砲台群のことで、東京湾要塞司令部が管轄し、太平洋戦争末期には東京湾兵団が管理した。今回の大房岬要塞もその中のひとつであり、砲台とその関連施設が築かれた。下の図を見るとわかるが、主要な砲台だけで三浦半島と房総半島にいくつも構築された。さらに、猿島は全島が要塞化され、海を埋め立ててそこに砲台を置いた海上堡塁も建設された。
何故これだけ厳重に東京湾を火力で封鎖しようとしたかというと、開国のきっかけが黒船の東京湾襲来であったことを考えると、外国の軍艦がこの東京湾に進攻することは、当時の新政府や後の軍部にとっての最大の脅威であったというのがわかる。そこでこのような砲台群を建設し、容易に外国の軍艦の東京湾侵入を許さない体制を作ったのだ。
これは当時の要塞法に基づき、民間人の立ち入りや写真撮影が厳しく規制される地帯に建設されたものだ。このような要塞地帯は、日本の重要な海峡や内海に建設されていった。東京湾要塞
東京湾要塞の図


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まずメインの砲台である。
大房岬要塞に設置された砲台は、帝国海軍が進めた八八艦隊計画がワシントン海軍軍縮条約で頓挫し、廃艦が多数出た際、その廃艦の砲台を再利用できないかということで要塞設置が検討され、実際に設置されたものだった。
この大房岬要塞に設置されたのは、巡洋戦艦「鞍馬」の砲塔で、20cm連装砲塔二基だった。
現在砲があった場所は、一つは花壇に、もうひとつは展望台となっている。


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これは要塞の発電所である。


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コンクリートでしっかりと作られている。内部に入ることはできない。


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発電所の上部には二本の煙突が建っていた。


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敷地内の各所に閉鎖された入口がある。


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開いている施設入口。非常に頑丈な作りが見て取れる。


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そして、この要塞の現在のメインが現れる。


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第二掩灯所である。
ここは防空用のサーチライト「探照灯」を地下になっている格納庫から地上に上げるための昇降機があった場所だ。今は全くの廃墟だが、巨大な空間が日の光を受けて、幻想的な雰囲気を作り出している。


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まるで神殿のような趣だ。


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先ほどの昇降機の巨大な穴を上から見る。ここを探照灯がせりあがってきたのだ。


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場所は変わり、砲台の近くにコンクリートでできた頑丈な掩体壕を発見した。少し探さないとわからないかもしれない。


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これは、砲に使用する弾薬を貯蔵する弾薬庫だそうだ。


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内部には弾薬を貯蔵する部屋が二つあった。これと全く同じ弾薬庫がもう一つあった。


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最後に、この要塞に作られた太平洋戦争の末期の記憶を見てみよう。
これは「魚雷射堡」といわれるものだ。魚雷とは、軍艦に向かって水中走行し艦の喫水線下に命中すると爆発し、穴をあけて艦に浸水をもたらす水雷兵器のことだが、これはその魚雷を、東京湾を航行する敵艦に対し陸から発射して当てようとするために建設されたものだ。これから考えられるのは、敵艦が東京湾に侵入するくらい、米軍の本土に対する進攻が予想されるような戦況になってしまっていたこと、すでに魚雷を投射できる有用な航空機や艦艇が無かったこと、といった日本軍の切迫した状況が感じ取れるのだ。


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当時のものであろうか、「弐号」や「五期」といった文字が岩肌に彫られている。


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要塞の手抜きのない作りと、戦争末期の切迫した急造建築という、異なる二つの戦争遺跡を見れた要塞だった。











  1. 2011/02/09(水) 03:00:43|
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