廃墟を旅する 

産業遺産や戦争遺跡、時を超えた郷愁への旅路へ・・・

【戦争遺跡・地下壕】夏島地下壕 クレーン壕

驚愕の横須賀アンダーワールド 3

夏島地下壕 クレーン壕

これは前回の【夏島地下壕 航空機掩蔽豪・二階層目の壕】の続きです。
IMG_3944_R.jpg
夏島地下壕の一階層目には四つの主要な壕がある。その中の三つ目が今回のクレーン壕である。クレーン壕と自分が呼んでいる理由は後で紹介したい。
では、さっそく壕口より入って行きいたい。


IMG_3942_R.jpg
入壕してすぐの場所。左側面の壁の溝に注目してもらいたい。分かりづらいが、これは排煙装置を設置するために彫られたものだ。


IMG_3890_R.jpg
海軍壕らしい丁寧な掘削で丸く彫られた天井。下に見える白い四角い台はコンクリート製で、何かの機械をおいていたみたいだ。


IMG_3892_R.jpg
天井の様子。碍子を束ねてつるせるような特徴的な設備が設置されていた。


IMG_3939_R.jpg
このクレーン壕は三つの部屋からできており、それらは通路で結ばれている。一つ目の部屋から二つ目の部屋へ移動する。


IMG_3896_R.jpg
そして現れる巨大空間。


IMG_3900_R.jpg
このクレーン壕は夏島地下壕で最も工場的設備がみられる場所だ。壁の横に並んでいるコンクリートの台座は何らかの機械があった証拠である。現在は支柱の根元部分から寸断されており、その機械が何であったかはわからない。


IMG_3901_R.jpg
三つ目の壕へ進む。


IMG_3903_R.jpg
この通路は驚くほど綺麗だ。崩落の跡はほとんどない。床部分は舗装されているのではないかと思われるほどだ。


IMG_3924_R.jpg
そして三つ目の部屋である。この壕をクレーン壕と呼んでいる理由はこの部屋にある。天井はかなり高く、床はコンクリートで舗装されている。とても綺麗な部屋だ。ここまで整備されている壕は見たことがない。


IMG_3910_R.jpg
これは天井である。見てみると天井も舗装されていたことが分かる。かなり手が込んでいる。


IMG_3905_R.jpg
天井から落ちた舗装材を見ている。これを見る限り天井はコンクリートとその中に金網を入れたもので舗装されていたようだ。


IMG_3904_R.jpg
この部屋には何かの残骸が放置されている。


IMG_3913_R.jpg
これはクレーンの残骸である。これがクレーン壕の理由だが、クレーン自体は完全に倒壊している。これは人為的なものであり、おそらく米軍の手で破壊されたものと思う。



IMG_3930_R.jpg
クレーン滑車部分は錆びている。このような当時ものの設備が見られるのはたいへん貴重であり、感動である。


IMG_3931_R.jpg
クレーン支柱部分の上に青いものが見える。これは海軍食器といわれるものであり、まれに地下壕に落ちている。


IMG_3928_R.jpg
クレーンの根元部分は木製。台座にはこのようについている。


IMG_3918_R.jpg
最後に、クレーン壕にはこのような遺構もある。これは扉であり、枠部分は木製である。非常に丁寧な作りであり、これが腐らずに今まで存在していたことが奇跡的である。


IMG_3920_R.jpg
こんなものは見たことがない。
夏島地下壕、ここは戦争遺跡的ホットスポットなのだ。


おまけ 横須賀の夜IMG_2090_R.jpg
そうこうしてるうちに夜になった。横須賀と言えば海上自衛隊の基地がある。というわけで夜の基地を見に行こう。


IMG_3955_R.jpg
ここは海上自衛隊基地と米海軍基地が一望できるヴェルニー公園である。いつ来てもいい場所なのだ。


IMG_3950_R.jpg
これは米海軍の艦艇。イージス艦と潜水艦が見える。


IMG_3963_R.jpg
こちらが海上自衛隊側。見えるのは停泊中の艦艇。手前が「DDG-174きりしま」である。後方の巨大な艦艇は「DDH-181ひゅうが」だ。かっこいい・・・

近々ここで撮った艦艇写真も紹介したいと思う。

次回は【多目的壕】を紹介します。

にほんブログ村 写真ブログ 廃墟・廃屋写真へ
にほんブログ村
横須賀いいとこ一度はおいで


  1. 2011/06/25(土) 20:17:07|
  2. 戦争遺跡・地下壕
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

【戦争遺跡・地下壕】夏島地下壕 航空機掩蔽豪・二階層目の壕

驚愕の横須賀アンダーワールド2

航空機掩蔽豪・二階層目の壕

これは【夏島地下壕 倉庫壕・上部遺構群】からの続きです。
IMG_2019_R.jpg
前回は上部施設を紹介して終了した。なので、今回は下りてくるついでに探索した二階層目の壕から紹介したい。
まずは入壕部である。ここは山の中腹辺りに当たる。


IMG_1975_R.jpg
入壕。


IMG_1974_R.jpg
この二階層目の壕の作りは、通路とその結束点の十字路からなっており、それぞれの通路には出入り口が存在している。


IMG_1983_R.jpg
振り返り入壕部を見る。


IMG_1985_R.jpg
さしあたり見るものは無く、何かがあるわけではないが、海軍壕によく見られる手抜きのない掘削がこの壕でもみられる。


IMG_1987_R.jpg
この部分は少し不思議だ。通路と通路が少しずれて掘削されている。何かの意図があってこのようにずらしたのか、はたまた不注意でずれてしまったのかは分からない。


IMG_1994_R.jpg
通路と壁。


IMG_1996_R.jpg
正反対側の出口。こちらは山の反対側だが、現在は崖になっており出ることはできない。


IMG_1998_R.jpg
十字路。


IMG_2005_R.jpg
丸く掘削された通路。戦争末期だというのに手抜きは無いのだ。


IMG_2010_R.jpg
それと、この壕の最大のいいところは、大ゲジ様がいないことだ。たぶん風通しがいいためであると思う。


IMG_2015_R.jpg
では、そろそろ出るとしよう。


IMG_2017_R.jpg
次は一階の航空機掩蔽豪である。


航空機掩蔽豪IMG_1834_R.jpg
山肌に巨大な掩蔽豪壕口が見える。現在は完全にコンクリートで封鎖されている。
この夏島地下壕に航空機掩蔽豪があるのは、ここを掘削したのが海軍航空技術廠だからであるのは以前話した。この周辺には別に、「野島地下壕」「貝山地下壕」という巨大地下壕があり、これらは空技廠の施設として連携されていたと思われる。


IMG_2020_R.jpg
完全に封鎖されていると思いきや、入口は存在した。本当に小さな入口で、身をかがめて進む。


IMG_2022_R.jpg
超巨大な空間が姿を現した。ここが航空機掩蔽豪である。


IMG_2024_R.jpg
天井には特徴的な遺構がある。これは、三つの碍子を使うことができる設備であり、この夏島地下壕には多数見ることが出来るものである。かなり貴重だと思われる。


IMG_2026_R.jpg
この写真から大きさを察することは難しいと思うが、おおむね幅10メートル以上、高さ3~4メートル以上の空間が続く。ここは戦後米軍の接収にあい、そのあと埋め戻されたようだ。現在壕のほとんどは埋め戻しのために高さが変わっている。本当なら5メートル以上の空間が続いているはずだ。


IMG_2028_R.jpg
もはやあり得ないほどの巨大空間である。これがひっそりと今まで存在していたとは・・・


IMG_2029_R.jpg
この航空機掩蔽豪は同等の二つの壕が並列に掘削された構造になっている。なので、この側面の通路が隣の壕への移動通路になっている。


IMG_2031_R.jpg
戦後におかれたものだろうか、ポツンとトラックのおもちゃが一つだけあった。この時は特に気にもしていなかったが、後で恐怖の出来事が発生する。


IMG_2034_R.jpg
では、通路に入る。


IMG_2038_R.jpg
通路から先ほどの入り口を撮る。


IMG_2040_R.jpg
ここが通路から出た先である。やはり巨大空間である。


IMG_2047_R.jpg
通路を撮る。左の方に通路が見える。


IMG_2044_R.jpg
側面に開いた穴。この巨大地下壕は二つの並列した壕からなっているが、それらに直結した小さな通路壕がこのように沢山存在する。


IMG_2053_R.jpg
巨大地下壕の十字路付近に到達した。


IMG_2066_R.jpg
カーブを描いている。


IMG_2071_R.jpg
壕口にあたる部分は完全に封鎖されていた。
現在この巨大な壕には自分ひとりしかいない。この漆黒の空間で見えるのは懐中電灯に照らされたごく一部のみであり、この心理的恐怖はどんな心霊スポットでも味わうことはできないだろう。もし、懐中電灯がここで切れてしまったら、自分は間違いなくこの空間で遭難するだろう。


IMG_2072_R.jpg
巨大壕口の側に小さな通路があった。


IMG_2076_R.jpg
180度向きを変え、もと来た道を戻ることにした。


IMG_2078_R.jpg
先ほどの結束通路まで戻ってきた。ここは水没しているため、壁際にある細い通路を通らなければならないのだ。


IMG_2080_R.jpg
そして通路を通り最初の巨大壕に戻る。この後、想像もしていなかった出来事が起こる。


IMG_2084_R.jpg
これは何であろうか。
お気づきであると思うが、一枚目の写真ではこのおもちゃは確かに普通に置かれていたはずだ。しかし、数分としない間に自分が戻ってくると元あった場所から明らかに違う場所にあり、しかも転覆している。この現象はいったい・・・
整理すると、この自分ひとりしかいない、動かす要因のない空間で、自分の見ていない間にこのおもちゃを動かす何かの要因が働いたことになる。可能性としては動物が動かすほかない。しかし、そのような動物がいればすぐに気付く。ましてや、人間がいたのであればなおさら気付いただろう。むしろ、自分の他に他人がいたほうが恐怖である。その者はこちらに挨拶もせず、この漆黒の巨大地下壕でいったい何をしていたというのか・・・。
この現象を理解しようとすればするほど戦慄度が増し、この巨大地下空間から一刻も早く出なければならないと感じた。


IMG_2085_R.jpg
もはや自分にはこの地下壕が巨大戦慄迷宮に思えてきた。この直後自分は無事、壕から出ることが出来たが、あのおもちゃを動かした「誰か」は、じっと自分を見ていたのかも、しれない。


natuzima2.jpg
航空機掩蔽豪の壕内図です。縮尺などは適当です。

次回は、【クレーン壕】を紹介します。

にほんブログ村 写真ブログ 廃墟・廃屋写真へ
にほんブログ村
ほんとにあった怖い話

  1. 2011/06/21(火) 05:13:47|
  2. 戦争遺跡・地下壕
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

【戦争遺跡・地下壕】夏島地下壕 倉庫壕・上部遺構群

驚愕の横須賀アンダーワールド

夏島地下壕 倉庫壕・上部遺構群

natuzima.jpg
兎に角横須賀はすごい。 
何がというと、地下壕だらけなのだ。しかも大小問わず大量に現存している。それは、大日本帝国海軍最大の軍港にして、横須賀鎮守府という重要施設が存在し、海軍航空隊の一大基地があったからである。そのため、大東亜戦争末期には米軍の爆撃目標となり、寛大な被害を受ける。爆撃を避けるため、工場や軍施設を地下化した。さらに、敵航空機迎撃のための迎撃拠点、航空機の大掩蔽豪、本土決戦のための壕と、さまざまな地下壕が建設されたのだ。
今回の夏島地下壕はそんな海軍の地下壕だ。海軍航空技術廠(空技廠)が掘削したこの壕は三層からなっており、一階部分は主に四つの壕からなる。それは、「倉庫壕」「航空機掩蔽豪」「クレーン壕」「多目的壕」(筆者が勝手に言っている)である。二階部分は全てつながった壕であり、見た目から工場として何かを作っていたのではないかと思われる。三階目だが、ここは完全に封鎖されていて入ることはできない。そして、この遺跡はそれだけではない。上部にも軍の戦争遺跡があるのだ。
このスーパーグレート地下壕を今回から四回ほどで紹介していこうと思う。では、まずは「倉庫壕」と上部遺跡をみていこう。


IMG_1793_R.jpg
まずは夏島である。ここは地下壕よりも貝塚としての方が有名なのではないだろうか。この周りは工場地帯となっているが、夏島が掘削されて消滅しなかったのは、この貝塚のおかげで国の史跡に指定されたためだ。


IMG_1795_R.jpg
ちょっと山肌を見て回ると、このようなコンクリートで封鎖された壕口が沢山見て取れた。これはテンションが上がる!


IMG_1830_R.jpg
壕口発見!いざゆかん!


IMG_3945_R.jpg
では、一か所目の壕、「倉庫壕」へ入ってみよう。


IMG_1801_R.jpg
ボロボロに錆びた鉄柵。その隣をすり抜ける。


IMG_3946_R.jpg
当時の物はほとんどない。


IMG_1809_R.jpg
泥に埋まる碍子。


IMG_1812_R.jpg
鉄製の柱。


IMG_1817_R.jpg
壕の一番奥に通路があった。突き進む。このころから恐怖の権化大ゲジ様が目につくようになる。


IMG_1820_R.jpg
コンクリートで出入り口が封鎖されている。これは、最初に紹介した封鎖された壕口だと思われる。


IMG_1821_R.jpg
またもや広い空間。だが水没のためこれ以上行けず。そして、一人だったために大ゲジ様が怖くて怖くて進めない。


IMG_1825_R.jpg
通路から出て壕から出ることにする。


IMG_1815_R.jpg
改めて見てみる。広い。


IMG_1802_R.jpg
だがこの時、次に入った「航空機掩蔽豪」でとんでもない衝撃を受けることになるとは、知る由もないのであった。
「航空機掩蔽豪」へ続く・・・


上部遺跡群
IMG_1854_R.jpg
これは・・・、御丁寧にも階段があった。


IMG_1857_R.jpg
そして上に通じる石段を発見。
この上部の遺構は異なる二つの時代の日本軍遺構からなる。一つは明治か大正くらいの東京湾要塞としての遺構。そして、もうひとつが大東亜戦争のものである。ここは戦略的には砲台を置いたり観測所を設けるにはうってつけの場所で、要塞施設が建築された。そして、航空機が台頭すると対航空機用の監視台が作られた。


IMG_1861_R.jpg
コンクリートで造られた遺構。これは二層目の壕の近くにあることから大戦中に作られたと思われる。


IMG_1867_R.jpg
頂上に出た。開けた広場が現れた。


IMG_1868_R.jpg
いきなり現れ始める上部遺構群。これは何かの台座の後だろうか?


IMG_1871_R.jpg
コンクリートで作られており水がたまっている。今となっては分からない遺構だ。


IMG_1872_R.jpg
煙突だろうか。突き出た金属物は当時そこに屋根がついていたことを物語る。


IMG_1876_R.jpg
土がむき出す地面をよく見ると白っぽいものが落ちている。これが夏島貝塚といわれる所以の貝の化石である。そこかしこに落ちている。


IMG_1880_R.jpg
地面からボルトが生えるナニコレ珍百景。これは対空砲座の固定ボルトではないかと思われる。


IMG_1882_R.jpg
突然出てきた美しいレンガ積みの階段。


IMG_1884_R.jpg
イギリス積みレンガの階段。もはや何が何やらといった風景だが、これは東京湾要塞の砲台のための関連施設であったのではないかと考える。


IMG_1888_R.jpg
階段の下に崩壊した部屋のようなものがあった。


IMG_1890_R.jpg
「昭和五年六月二十一日建立」と書かれているコンクリートの台座。神社の鳥居の台座だと思われる。


IMG_1895_R.jpg
また先ほどの広場に戻ってきた。この煙突の下に行ってみる。


IMG_1896_R.jpg
そこにあったのは残留した時間だった。


IMG_1902_R.jpg
それは夕日を浴びて息をのむほど美しかった。


IMG_1909_R.jpg
倉庫だろうか、東京湾要塞用のものだと思う。驚くべきは何十年もたっているのに窓にはガラスがあり、保存状態が良いことだ。ここは人の出入りが規制されている。この光景を見た人は決して多くないはずだ。それを今、自分はみている。この光景は当時とさほど変わらないだろう。まるでタイムスリップしたかのような空間だ。


IMG_1923_R.jpg
誰の目にも止まることなく当時の時間はここに残留していた。奇跡的な出会いを今一人確かめている。
圧倒的な感動だった。

IMG_1951_R.jpg
広場の少し離れたところに黄色と黒に塗装された鉄塔があった。この塗装も鉄塔も終戦から今までこのままだったのだ。


IMG_1956_R.jpg
鉄塔に登った。ものすごい見晴らしがいい。この場所に何があったのか?自分は何らかの対空電探が設置されていたのではないかと考えている。


IMG_1962_R.jpg
東京湾の水道を一望することができる。


IMG_1969_R.jpg
何もかもが当時と同じだ。


IMG_1968_R.jpg
最後に、広場で見つけた石柱。「海軍」という力強い文字が、ここが当時海軍要地だったことを示す。
この上部遺跡も地下壕も、それを建設した帝国海軍すらも、今は昔の時間の中の遺物になってしまった。全てが廃になった今、当時の時間だけがこんなところに残留していた。

次回は「航空機掩蔽豪」と「二階層目の壕」を紹介します!

にほんブログ村 写真ブログ 廃墟・廃屋写真へ
にほんブログ村
帝国海軍は月月火水木金金であります!



  1. 2011/06/16(木) 01:34:06|
  2. 戦争遺跡・地下壕
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

【宿泊系廃墟】憩いの隠れ宿

見つけようと思っても見つからない。そんな宿

憩いの隠れ宿

IMG_5243_R.jpg
ここはどこだろうか。
ふとしたきっかけで廃墟になった旅館に出会った。そこは、本当に目立たないひっそりとした場所である。
地元の人でなければ分からないだろう。


IMG_5199_R.jpg
ちょっと中に入って見ると、そこは鬱蒼とした森だった。いや、ジャングルか。そこに二階建ての旅館が建っていた。


IMG_5198_R.jpg
さっそくお宿へ入ってみよう。


IMG_5201_R.jpg
旅のお方をもてなす玄関。今は静かな時間が流れるのみだ。


IMG_5202_R.jpg
宿泊場所は離れになっている。渡り廊下を渡って離れへ。


IMG_5204_R.jpg
離れに来た。


IMG_5205_R.jpg
内部は予想以上に荒れている。


IMG_5211_R.jpg
窓ガラスもバラバラだ。


IMG_5212_R.jpg
小さな旅館に相応しい小さな台所。


IMG_5213_R.jpg
錆びた栓抜きは長い時間の経過を感じさせた。


IMG_5214_R.jpg
レストランや旅館、ホテルといった厨房でよく見る「皿の墓場」がここにもあった。


IMG_5238_R.jpg
階段を上り二階に行ってみよう。


IMG_5215_R.jpg
二階についた。


IMG_5218_R.jpg
ボロボロの障子と畳の部屋。


IMG_5224_R.jpg
落ちていた紙に書かれていた文字は読めない。いったい何時の文字だ。


IMG_5226_R.jpg
誰かに壊されているようには見えない二階。自然に朽ちていったのだろう。


IMG_5227_R.jpg
テレビもラジオも置いていない。だが、唯一オルガンが置いてあった。


IMG_5229_R.jpg
凄く落ち着く。


IMG_5230_R.jpg
この旅館はきっと知る人ぞ知る隠れ宿だったのであろう。

IMG_5233_R.jpg
外界と廃墟内との時間を遮るガラス窓。


IMG_5235_R.jpg
この旅館の存在を知る人間は、今やかなり限られているだろう。


IMG_5240_R.jpg
時間は流れ時代は進み、建物が廃墟になった今も、ここが憩いの隠れ宿であることだけは、変わらないようだ。

にほんブログ村 写真ブログ 廃墟・廃屋写真へ
にほんブログ村
時空の隙間の隠れ宿
  1. 2011/06/09(木) 22:03:28|
  2. 宿泊系廃墟
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

東雲みょん

Author:東雲みょん
どうもこんにちは。東雲みょんといます。

このブログは日本の産業遺産や戦争遺跡といった廃墟を紹介しています。

日頃廃墟に旅に出ている自分です。

【掲載廃墟一覧】
今までに旅に出た廃墟の一覧です。

リンクフリーです!同じ趣味を持った人、そうじゃない人もどんどんリンクしちゃってください。

【Twitter始めました!】
廃墟の情報交換や意見交換などから、雑談まで、お話ししたいことがあったらどんどんお越しください!

検索 @tisyaki

最新記事

カテゴリ

未分類 (7)
掲載廃墟一覧 (1)
産業遺産 (25)
戦争遺跡・地下壕 (24)
廃線 (12)
廃校 (12)
廃村 (6)
宿泊系廃墟 (12)
娯楽系廃墟 (8)
不思議系廃墟 (8)
廃病院 (9)
心霊スポット (5)
廃アル風景 (2)
一軒家系廃墟 (2)
廃車館 (1)

最新コメント

twitterはじめました!

最新トラックバック

FC2カウンター

フリーエリア


バナーが出来ました。

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

謎のエリア

にほんブログ村 写真ブログ 廃墟・廃屋写真へ
にほんブログ村 鉄道ブログ 廃線・未成線へ
にほんブログ村