廃墟を旅する 

産業遺産や戦争遺跡、時を超えた郷愁への旅路へ・・・

【産業遺産】べんがら工場

紅い世界の廃墟

べんがら工場

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岡山県で「べんがら」を製造していた廃墟があると聞き、行くことにした。
「べんがら」とは赤色の顔料のひとつであり、かつてはインドのベンガル地方で生産され、それが日本に輸入され、べんがらといて定着したようだ。色は赤というより褐色に近いかもしれない。


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都会的な町並みから外れ、自然の中にそれはあった。


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もう工場の外壁が赤い。
この廃墟に入る前には少し準備が必要だ。ビニールのカッパを着る。そうしないとべんがらが衣服について取れなくなるのだ。なんせ着色に使う物なので、着くと本当に落ちない。


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どんなもんかと思っていたが、意外と規模がある廃墟のようだ。


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そして現れる紅い世界。


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赤い!驚きの赤さ!
壁も機械も床も小物も全部赤い。


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この場所は沈殿槽などがある区画のようだ。


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この赤は長年工場を使用した結果、着色されてしまったのだろう。


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沈殿槽と思われるもの。中も赤い。


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一風変わった廃墟は多々あるが、この廃墟は一味違うようだ。


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廃墟にはそれぞれに魅力があるが、意外性の魅力がこの廃墟の一番の売りであろう。
もちろん、この廃墟の意外性とは「紅い世界」のことである。


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制御室のようだ部屋があった。


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様々な薬品も扱っていたのだろう。


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窓枠も、差し込む光も赤い。


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そろそろ別の場所を回ってみよう。


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山から水が流れている。綺麗な水が無いと、先進工業でさへ成り立たない。


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自然豊かなこの地だからこそ、鮮やかな顔料生産もできたのだろう。


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時代は変わっても物を作る生産の方法とその環境は大して変わらないものである。大きく変わるのは生産のシステムと人間の心だ。


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レンガ製のかまどのようなものがある。ツタが絡みついて良い感じになっている。


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徐行


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鮮やかに染色されたスコップ。こうまでなるものか。


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戦争遺跡のようになっている区画。水槽だろうか。


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ベルトコンベアー。やっぱり赤い。


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事務所のような場所があるので入ってみた。


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ここで従業員は食事などを摂ったのだろうか。


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この部屋の中も赤い。ここで働いていた人は着るものが全部赤く染まって大変だったことだろう。


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二階建ての少し高い建物がある。見てみよう。


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赤い階段を登り、二階に進む。


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赤く染まった道具達。この場所に放置されていた。


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雨が降れば顔料が流れ出す。結果地面も赤く染まったのだろう。


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なんだか元いた世界から、別の世界に来てしまったような気がした。


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この廃墟に立ち入った瞬間から別の世界に来てしまったのだろうか。


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この部屋も赤い。


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赤いリモコン。これで何を動かすのだろう。


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赤い世界を静寂だけが支配している。


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ふと体を見ると気づかないうちにところどころ赤く染まってしまっていた。このままでは全身赤くなってしまいそうである。
そうならないうちにそろそろ撤退しようと思う。


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さぁ、この紅い世界から、元いた世界へ帰ろう。

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ほおずきみたいな紅い夜
  1. 2012/02/27(月) 17:09:12|
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【娯楽系廃墟】スカイレスト ニュー室戸

不思議な造形美の魅力

スカイレスト ニュー室戸

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四国は高知県の室戸岬。
四国にありがちな急こう配の坂道を上って行くと、突然視界の中に異様な造形の建造物が飛び込んできた。それはまさに異様。その場の雰囲気に溶け込めない、不自然な建物だった。四国に来たら必ず見ておきたい廃墟、『スカイレスト ニュー室戸』そのものである。
この特異な造形の建物が廃墟になってからすでに20年ほどが立っているようだ。自分が初めてこの廃墟を見たのは雑誌の中だった。その時は外装もまだしっかりしており、ガラスもあり、内部には残留物が残っていた。だが、年月とはやはり残酷なものであり、この数年でかなり破壊が進んだようで、ガラスもなく、遺跡のような外見になっていた。

今回は、時間とともに少しずつ容姿が変化した、現在のニュー室戸を紹介する。


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ニュー室戸と言えばこのロボットのような外見が有名だ。建物は三本の円柱の支柱からなり、その支柱の内部は螺旋階段になっている。
スカイレストと書いてあるが、なんのことはない、見晴らしが良しことを売りにしていた名残だ。実際この場所は室戸岬の先端に近く、見晴らしはかなり良い。だがアクセスが悪すぎる。廃墟になるのは当然過ぎたことだ。


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この造形を余すことなく見て見よう。正面からみると何かの生き物に見えてくる。


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上部。痛々しいほどに破壊が進行している。本来ならガラス張りになっていた上部構造は見る影もない。この場所の気象条件はかなり厳しいと思われる。人が手をかけないと簡単に建物は崩壊してしまうのだ。


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それにしても面白い。


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これはニュー室戸を後方から見たもの。得意な造形はここでも見ることができた。円柱部分に見える窓は、螺旋階段についているものである。


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ではさっそく内部に入ってみよう。


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内部もボロボロである。これが自然によるものなのか人為的なものなのかは不明。おそらくどちらも要因だろう。


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一階はさして見るべきものはない。以前はいろいろ残留物があったようだが、それもどこかに行ってしまったようだ。


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どの部屋も激しく破壊されている。


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天井は穴が開き、ガラスは一枚も無く、床には何かわからない残骸が散らばる。


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仕方がないので螺旋階段を登り二階に向かう。


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螺旋階段内部。先ほど外で見た窓枠があった。


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手すりも錆びている螺旋階段。螺旋階段には不思議な魅力がある。螺旋が永続的な空間を連想させてくれるからだろうか。


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この階も瓦礫しかない。何もない場所からは海と夕暮れの空が見られた。


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床には当時のものであろう木材が落ちている。バラバラで何だったのかわからない。


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殺風景という言葉が似合う。


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屋根に溜まった水が空の青を映している。空の青と、海の青と、廃墟の青。


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さぁどんどん登ろう。


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またも瓦礫だらけの上階についた。


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この階にはレストランらしいカウンターが残っていた。


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だが、やはり残留物はほとんど残っていない。


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瓦礫しか残っていない、テラスになっている場所に出る。


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自然の中に不自然な廃の風景。


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この廃墟に滞留しているのは破壊の美学だ。それも自然の経過による破壊。それはすべての物に必ず訪れる最期の輝きだ。いずれか人類文明はこの廃墟と同じ姿になることだろう。


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隣には現役の電波塔が建っている。まるで前時代の遺物と現在の最先端が対比されているかのようだ。


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そんな最先端もいつしか遺物になる時が来る。はたして人間は進化と開拓をし続け、すべて廃になる未来を回避することができるだろうか。


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この廃墟は人間の未来を暗示しているかのようだ。いや、この廃墟だけではない。それは廃墟のすべてに言えることだが。


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また螺旋階段を登って最上階に向かう。


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着いた。


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そして現れる三本のモニュメント。


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夕暮れの空にくっきりと映えるそれは、墓標のように見えた。


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これはなんらかのアート作品なのだろうか。だがもはや何であるかは解るよしも無い。
芸術家である岡本太郎はかつてこう言った。「グラスの底に顔があっても良いじゃないか」と。
廃墟の屋上に変なアートがあってもいいじゃないか。


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手すりが付いて登ることができる。さすがに登らないが。


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もう誰も登ることもないだろう。


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ニュー室戸版「太陽の塔」


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絶景が広がっている。空には急速に夕闇が近付いてきている。


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岬の先端が見える。こんな風景ジブリ映画で見たことある。


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名残惜しいが幻想の世界から現実へ帰る時間になった。戻るとしよう。


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再びの螺旋階段。螺旋階段と言ったらやっぱり上から見て見たくなる。


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いつか来たいと思っていた廃墟だったが、予想以上に良い廃墟美を見せてくれた。


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ニュー室戸がある場所から降りてきた。この場所から見上げると、あの三本の支柱だけが見て取れる。近代構築物が居並ぶ中で、自らをなお主張しているのか。


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残照が室戸岬の遺物を静かに照らしていた。

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芸術は爆発だね
  1. 2012/02/20(月) 07:19:55|
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【宿泊系廃墟】ヴァンガード竜串

ヴァンガードファイトしようぜ!!

ヴァンガード竜串

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四国は高知県の足摺岬である。前面に雄大な太平洋が一望できるこの場所に、『ヴァンガード竜串』は建っている。
このヴァンガード竜串、昭和48年に竜串ハイランドホテルという名でオープンしたようだが、その後廃業。平成に入って再び、現在のヴァンガード竜串としてリニューアルオープンするも、どうゆうわけか2年で廃業し、今は完全に廃墟になっている。

ところで、「ヴァンガード」というのをテレビCMでよく見ることがある。そう、何を隠そうコマーシャルでやっているヴァンガードとは、このヴァンガード竜串の事に他ならないのである!
もうヴァンガードっていったらこれ以外無い!

というわけで、「ヴァンガードファイトしようぜ!」という、そのヴァンガードファイトとはどういうものか、一緒に見てみよう。


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ヴァンガードファイト会場入り口についた。夕暮に見えるが実は早朝。


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朝日を受けて全体がオレンジ色に染まる。


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ではお待ちかね、会場の内部に入ってみよう。


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会場はガラスがいたるところ割られ、残留物が破壊され、床にBB弾が落ちている。ヴァンガードファイトとは命をかけた弾幕勝負なのだ。


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ここでヴァンガードファイトのルールを紹介しよう。
1、生きて屋上まで行き朝日を拝む。
以上。

至極シンプルで簡単そうに見えるが、数多のヴァンガラー(ヴァンガードファイトをする人たちの総称)がその命を散らした恐ろしい試練なのだ。


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古代遺跡のような光景。


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あまりの試練の複雑怪奇さと理不尽さから、いたるところ壁パンした後が見受けられる。


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危険に満ちた一部屋に入ってみよう。


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うん、良いね!
辛く苦しい戦いの小休止にはもってこいの廃墟美だ。


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このヴァンガードファイト、満腹度がゼロになると死ぬ。なので「保存の壺」に入れた「おにぎり」、もしくは、「ハラヘラズの腕輪」は必須アイテムなのだ。そして、モンスターを自力で狩り採ることにより、その肉を焼いて食べることも可能。(その場合、上手に焼けました~!と言う)
シレンジャーなら誰しもが知らなければならないことだ。


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さぁ、シレンはお腹がいっぱいになったところで次の部屋に進む。


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何も無い部屋。たまに「モンスターハウス」という凶悪な部屋がある。それに出くわしたときにヴァンガラーの腕が試される。(例のBGMが頭から離れない。)


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戦いの疲れを癒す風呂を完備する。このあたりヴァンガードに抜かりはない。
しかし、入ったら死ぬ。デロデロになる。


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物語は次の階へ。


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外の光が差し込む。


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このような四角い窓から狙撃されるので十分気をつけよう。


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見てくれよこのヴァンガードの佇まいを!これじゃまるで、ノルマンディーに建設された「大西洋の壁」じゃねぇか!完全に要塞だぜ!
このままじゃ俺達全員死んじまう、俺はこんなところで死にたくね・・・

(あるヴァンガラーの記憶)


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どっからどうみても要塞だ。ここ要塞だったのか・・・


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こんな厚いガラス対戦車ライフルじゃなきゃ破壊出来ないよ!


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よーしわかった。ここから上は特に危険だ。いつ死んでもおかしくない。
こういうときは分かってるな、敵と戦わないで進むんだ。

スネーキングミッション開始。
・・・・・
・・・

「スネーク!!どうしたんだ!?スネーク!!スネェェーーク!!!」


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階段は螺旋状になっている。


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ここは屋上、ではない。もう一段上があるようだ。


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さぁどんどん行こう。


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ほんとにガラスが一枚も無い。なんて激戦だ。


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ついにやってきたぜラストステージへの階段だ!
準備は良いか?やり残したことはないか?「せいいきの巻物」はもったか?「せえいきの巻物」とか間違えて無いか?

いざ、突撃!!


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何も無いと思ったら大間違いだ。油断するな。


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おぉ、最後にふさわしいビリヤード台だな。懐かしい。あのころを思い出す。


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確か9個のボールをクラッシュさせて相手を倒すゲームだったはず。非常に懐かしい。


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激闘も終わった。
この屋上にたどり着けたのは、どうやら俺一人のようだ。ここに来るまでに多くの仲間を失った。
ジャクソン、パーカー、メリッシュ、カパーゾ、そして、ミラー大尉・・・。みんな逝ってしまった。
やつらの分まで朝日を見よう。


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ヴァンガードファイト。
それは人間の終わることのない戦いの本能であった。


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今、勝利の朝日が登ろうとしていた。


おまけ 四国の原風景IMG_9189_R.jpg
まずヴァンガードから見える風景。
静かな山里を見降ろす。


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足摺岬から見る朝日。四国はどこに行っても絶景を見ることができる。


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朝の静けさに包まれる湾内。


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神々しい光景が見られた。


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あるお寺の、ある妖怪。


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四国と言えば四国霊場巡りである。あと、うどん。


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香川県、屋島から見る風景。


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兎に角、青い海と青い空、島。


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瀬戸内海には無数の島々が存在している。


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ごくごく普通の風景。


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どこへ行っても海が迎えてくれる。


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四国の原風景。


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室戸岬からの風景。夕暮。


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水平線に日が沈む。
四国良いとこ一度はおいで

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四国廃墟巡り、まだまだ続くよ!
  1. 2012/02/17(金) 06:00:12|
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【廃病院】F診療所

取り残された時間と空間

F診療所

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四国のとある場所に『F診療所』と呼ばれる廃墟が存在する。
前回の【S診療所】同様に、古民家風の建物の内部が診療所になっているのだ。全国に似通った診療所廃墟が存在するのだが、全てに言えることは一見しても診療所廃墟と判断できないというところだ。

今回のF診療所も普通の木造廃墟に見える。


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敷地には倉と母屋と思われる建物があり、農家の家のようだ。


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母屋のほうは二階建て。こちらに診療設備がある。


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では、さっそく内部へ入ってみよう。


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まず出迎えてくれるのは古めかしい椅子。どうやらここは待合室のようだ。
この時は夕暮のために室内はかなり暗い状況である。


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そして、奥には診察室があった。


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この診察室、というかこの廃墟はかなりの残留物が残っている。それも戦前戦中と思われる物や、医療関係の古い品ばかりだ。正直かなり驚いた。


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こんなに歴史的な残留物が残っているのは珍しい。まさに、時間と空間がそのまま現在まで取り残されている場所なのである。


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ほとんどの物が埃をかぶっている。かなりの年月放置されているのだろう。


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椅子と机と棚。当時はここで診療と執務を行なっていたのだろう。そのままの形で残っている。


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薬を置くための器具だろう。光の中に浮かび上がったそれは、感動的な造形美を持っていた。


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棚のほうに注目してみよう。


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当時の薬や医療器具が散乱している。


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これは、上の部分を取って注射器に入れるのだろうか。


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注射針。錆びている。しかもかなり太い。こんなので注射されたら死ねる。


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こちらも同じような医療品。


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その下の机の中には、注射器のようなガラスの医療器具が覗いていた。


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診察用の椅子だろうか。


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診察室の入り口にあった洗面台。鏡があると、とたんに不気味な空間になるのは何故だろうか。


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診察室から出て、薄暗い廊下を奥に進む。


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するとS診療所でもあった薬棚の部屋があった。
しかも、今回は残留物の量も多く、荒らされていない。


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最初に見た棚。右上の「劇薬」の文字が気になる。


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今でも清潔そうな透明のビンと鍋のようなもの。


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ビンの蓋のためのコルク。真新しそうに見える。


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「り水」とは「生理食塩水」のことだろうか?


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窓際の棚。缶の錆び具合が長い時間を感じさせる。


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薬品を入れた箱だろうか。ヨード、ポリタ・・・


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先ほどもあった薬品。ここにもあった。


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薬棚を見ると、様々な薬ビンが並んでいた。


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古い学校の理科室を思わせる光景。この時は気付かなかったのだが、この奥に薬の貯蔵場所があったみたいだ。非常に残念である。


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錆びた鋏とハンコ。


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どこに使うか分からない鍵。


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人知れず並ぶ薬ビン達は今でも輝きを放っている。


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ビタミン剤や強心剤と書かれた紙が壁に貼ってあった。ここに書いてある薬品がこの部屋にあるのだろうか。


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別の部屋に来た。ここからは居住区になっているようだ。


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だいぶボロボロになっている。


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家財道具も残っていた。これだけ残留物が多いと、一体どうして家主はいなくなったのかと考えてしまう。


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当時家主が使っていたのだろうか。帽子が一つだけ残っていた。


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お!?これはすごい!!ここにあるマークは第二次世界大戦の枢軸国の国旗だ。


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1940年、大日本帝国・ドイツ第三帝国・イタリア王国は日独伊三国軍事同盟を締結し、ここに枢軸国と言われる陣営が誕生した。この枢軸国陣営は、アメリカ合衆国・大英帝国・ソビエト連邦を主とする連合国陣営と対峙し、すでに1939年には第二次ヨーロッパ戦争が勃発、この同盟締結の年には、ドイツ軍がベネルクス三国に対し進攻し、フランスという大国が降伏していた。この日独伊三国同盟を日本が結んだということは、太平洋を隔てて対峙する、大国アメリカ合衆国と戦争をやる覚悟があるということであり、事実、日本はその一年後に大東亜戦争を開始した。日本の命運を左右した同盟だったのである。
国旗は、まず日本、その右がドイツ、その右が満州国(最初アメリカかと思った。)、その右がイタリア王国の国旗である。このような価値のある品物がそのまま廃墟と一緒に朽ちてしまうのは、残念でならない。


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廃墟に流れる時は停まっている。


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当時の時間をそのままに、現在を浮遊しているのだ。


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ここは台所。今は見ない土間になっている。下駄が脱ぎ捨てられていた。


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外はまだ明るいが、中は本当に暗い。
余談ではあるが、先ほどから何かしらの気配を感じる。誰かに見られてるような気配だ。ちなみにこの廃墟には自分一人しかいない。


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台所ということで、炊事場がある。もうドがつくほどの田舎に行かないと出会いないような台所だ。
ちなみに、ド級の「ド」とは、英国戦艦ドレッドノートの頭文字のことである。この戦艦が竣工したとき、全世界の既存戦艦が旧式になるほどの革新的な戦艦であった。それからは弩級戦艦、超弩級戦艦などが誕生した。今では、凄く面白かったり、凄く大きかったりするとド級とする表現が定着している。


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かまど。かまどには薪がくべられていた。炊事の途中で家主はいなくなってしまったのか。


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この廃墟には二階がある。最後に二階を見てみる。


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階段を上って二階へ。


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二階にも多くの残留物があった。


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ガーゼと描いてある。医療関係では欠かせないものだ。


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昭和13年の新聞。昭和13年とは1938年のことであり、前年から始まった支那事変が泥沼の様相を見せ始めた年である。この年に日本政府は国家総動員法を施行し、日本国内の戦時体制を強化していった。日本はこの後、血みどろの戦争を終戦まで続けることになる。
この廃墟はそんな激動の時代を経験した生き証人でもある。


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これまた面白いものがあった。何かの包装用紙だと思われるが、陸軍の星マークや旭日、海軍の錨マークなど、戦時色が強く現れている一品である。


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奥の部屋に行ってみる。


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手前のタンスの中にボタンがあった。この星と錨は海軍の制服のボタンだと思われるが、本物かどうかは不明。


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家財道具はほとんどなく、がらんとしている。


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別の部屋。雨戸が壊れて外の光が内部に差し込む。


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X線量と放射日数。


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二階から降りてきた。そろそろこの廃墟から出ることにする。


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ここにも履物が一つだけ残されていた。
いつもはそんなことないのだが、さきほどから本当に何者かの気配を感じる。やはりこの廃墟何かいるのだろうか・・・。


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二階から誰かが覗いているような気がする。


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そんな気にさせるのも、この廃墟が多くの歴史と時間を保有しているためだ。このように濃密な空間では見えないものの存在を感じさせるものである。有名な心霊スポットと言われる場所は、このような濃密な残留思念が滞留していることが多い。


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四国の山里で、また良い廃墟を発見した。

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いつか四国八十八か所お遍路巡りやりたいです
  1. 2012/02/11(土) 04:05:15|
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【廃病院】S診療所

失われゆく記憶へ

S診療所

S診療所_R
S診療所などと伏字にしているが、もはやこの廃墟の場所など検索すれば一発で出てくるようになった。当時としてはこの廃墟は謎の多い廃墟の一つであり、その場所となればかなりの苦労をしなければ知ることはできなかった。この廃墟を今でも伏字で紹介する理由としては、もはやこの廃墟の名称が「S診療所」で違和感がないほど浸透しているためだ。
このS診療所が使われなくなったのは戦中の事のようだ。つまり戦前からこの場所に存在していた歴史のある廃墟なのだ。そして立地としては、簡単に発見できるようなところではない。この廃墟を最初に発見した廃墟マニアに驚愕せざるお得ない。
このS診療所、行くたびに建物の傷みが激しくなっているようで、最近行ってみたところ、もはや10年以内に完全に崩落するのではないかと思えるほどになっていた。一つの記憶が今まさに失われようとしている。

では、紹介していこう。


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見てわかる通りに、かなり年季の入った建物である。窓枠を見てみると、戦前戦中辺りの物と判断できる。
このように一軒家のような見た目だが、入ってみると診療所だった、という廃墟は日本各地に存在する。


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この木造建築でよくぞ60数年も耐えたものだ。


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だがこの数年で見る間に崩壊の時が迫っている。


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さっそく入ってみる。受付の文字が見える。


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当時はこの椅子に座って患者は自分の診療の順番を待ったのだろうか。


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このような古い診療所の廃墟にはなぜか残留物が多い。なので、当時の時間をそのまま今に伝えるタイムカプセルなのだ。


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小さい廃墟と思ってもたくさんの魅力を持っているものである。


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医療器具のようなものが置いてある。


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忘れられた人形がこちらを見ていた。


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この廃墟のメインと言っていい場所がここだ。この場所には当時の薬が薬ビンごと残っている。


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先ほどの受付の裏に当たる部分だ。


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感動的なほど物が残っている。


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当時はこの小さな診療所が、地域住民の医療をまかなっていたのだろう。今は壊れかけのこの診療所が命を守っていたのだ。


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手紙や提灯など、生活用品も残っていた。


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どんな小さな物にも記憶と歴史がある。今は必要とされていなくても、必要とされていた時は存在した。歴史的建造物を保存していかなければいけないのは、そんな記憶がいつしか無くなってしまわないようにだ。


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だがそんなこととはお構いなしに、放置され風化が進んだ廃墟は、やがて最後の時を迎える。その廃墟が持つ時間も記憶も歴史も意味も、消えてなくなってしまう。


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先ほどは診療を行なう部屋だったが、こちらは居住区のようだ。ご覧の有様で、天井が抜けている。


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分かりづらいが、階段を登って二階に来た。階段は今にも抜けそうだ。


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二階は完全に居住区になっている。


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日のあたる暖かい窓際で椅子が日向ぼっこをしている。


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奥の部屋を見てみる。


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布団がひきっぱなしになって、物が散乱している。


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この景色をみて愕然とする。以前に来た時はここまで崩落はしていなかった。確実にこの廃墟が死に向かっている証拠であった。


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床には様々な雑誌や本がある。


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本や雑誌、新聞といった物はその時代の記憶を今に伝えてくれる大事な物だ。現代では読み取ることのできない時代の雰囲気も、このような記憶媒体で切ることができる。


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このような物まで一緒に無くなってしまうと思うと残念でならない。


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だがそれも自然の成り行き。何かが生まれてやがて消えることは、誰にも止めることが出来ない完全無欠の事象なのだ。


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悲しむべきことでも残念がることでもないのかも知れない。それが自然なのだから。


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ではそろそろ次の場所に向かうとする。


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廃墟が消えてなくなることを思うとき、いつも誰かが亡くなったかのような気持ちになる。
人はいつか死んでいなくなる。そのあとのことは死んでみないと分からない。天国や地獄に行くという考え方もある。だが、そのような考えすらも及ばないような遠い遠い未来には、地球はおろか宇宙すらも無くなってしまう時が必ず来るだろう。その時に我々がいた記憶や歴史はどうなるのだろうか。暗い闇の中に消えて、完全に無くなってしまうのだろうか。もしそうなら、それが本当の死だ。人だけではなく、万物全ての物は誰の記憶からも無くなってしまった時が本当の死なのだ。誰かがその物のことを認識しているうちは、その物はまだ生きている。だが、この診療所はどうか。完全に崩落し無くなってしまったあと、はたして誰かが覚えていてくれるだろうか。自分たちの世代はまだいい。だが次の世代、また次の世代では完全に忘れられた存在になるだろう。そうやって誰の記憶からも忘れられた時に、廃墟は完全に死ぬ。人もそうだ。だからせめて自分は忘れないように努力しよう。そう思うのである。
悠久の時の中でいつまでも生きられれば、良いのだが。

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永遠をさまよう記憶

  1. 2012/02/04(土) 05:37:14|
  2. 廃病院
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