廃墟を旅する 

産業遺産や戦争遺跡、時を超えた郷愁への旅路へ・・・

【宿泊系廃墟】摩耶観光ホテル

それは一時の幻想

摩耶観光ホテル
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神戸市内を見下ろせる風光明媚な場所である。ここは兵庫県神戸市摩耶山。
この山の中腹に伝説的な廃墟が存在する。その廃墟はまるで、幻想のような孤立した空間と時間の中にある。

摩耶観光ホテル。

通称“マヤカン”と言われるこの廃墟は、廃墟界の紛れも無い聖地であり、廃墟の神がいると確信できる廃墟である。その所以は、細部まで施された建築美と様式、それが朽ちていく過程で放つ強烈な廃墟美があることであり、人を容易には近づけない立地条件と現在の状況が、それに拍車をかけている。
軍艦島に個人的に進入することが実質不可能になってしまった現況を考えると、このマヤカンは日本廃墟界にとって非常に貴重な存在なのである。

今回は摩耶観光ホテルを紹介する。その廃墟美を見ていくことにしよう。


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摩耶山の登山口からここまで随分かかった。途中あろうことかガチの遭難をし、この場所まで辿り着いた時にはすでに夕暮れも終わりに近づき、日が沈む直前であった。このまま夜になるのかと思い、諦めの気持ちで山の尾根を歩いていると、その廃墟は突然現れたのだ。

摩耶観光ホテルの入り口が姿を表した。


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ここはマヤカンの裏口に位置する階段である。

ここで、マヤカンの歴史を見ていくことにしよう。
摩耶観光ホテルは第二次世界大戦の始まる前にはすでにこの場所に存在していた。その風貌から“軍艦ホテル”と言われることもあった。戦時中、戦局の悪化に伴い摩耶ケーブルが休止されると同時に摩耶観光ホテルも休止となる。その後、戦災の傷が癒えぬまま営業は再開するが、1970年頃には一級品のホテルから学生向けの宿舎に代わり、そして1993年に静かに現役から引退する。その後、阪神淡路大震災も経験し、再開すること無く、悠久の時の人となる。


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かつては皇族方も泊まったと言われるホテルが、現在はほとんど知られることなく、この摩耶山の中腹で眠りに付いているのである。


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このような建造物が人知れず存在することじたい、奇跡に近いのかもしれない。


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この伝説の廃墟の戸口に立って、自分は感動で震えていたのだ。


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なんたることか。この空間は明らかに異質だ。このような美しい廃墟空間に出くわしたことは無い。


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その全てが自分が思い浮かべる心象廃墟そのものなのだ。


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一回の大広間のような場所に行こう。


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マヤカンの魅力の一つは確実に窓枠だ。


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とにかく窓枠が最高の廃墟美を醸し出している。


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戦前の建物によく見られる窓枠はどれも美しい。


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この廃墟を伝説にしているものの一つだ。


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その一つ一つを見ていこう。


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窓から階段が見える。


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モダンな感じだ。全体的にこの廃墟はモダンだ。


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さらに奥に進む。


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この部屋に入ろう。


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そこにも魅惑的な窓枠。


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このような空間がいくつもあるのがこの廃墟のすごいところだ。


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あまり知られては居ないが、薄暗い階段を下に行くと風呂がある。


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もうひとり用のようだ。


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この日は生憎の雨だった。


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おまけに遭難の影響で薄暗い。


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あまり時間がないようだ。


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そして、この廃墟で一番有名な部屋にやってきた。


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この部屋である。丸窓の部屋。説明不要の廃墟美である。


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まさに幻想である。


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その隣の部屋。


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誰も座ることのない椅子が静かな空間を彩る。


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実は丸窓の部屋は一箇所ではない。


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ここが2つ目の丸窓の部屋である。


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窓ガラスもしっかりと残っている。


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再びこの部屋に戻ってきた。


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次の場所に移動しよう。


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いったん外に出て、階段を上に登る。


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この上にさらなる廃墟美が存在する。


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そして姿を表わす。


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軍艦ホテルと言われた摩耶観光ホテルの正面である。


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確かに軍艦の艦橋に似ている。


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さっそく入っていこう。


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側面の張り出し。


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階段。この階段は下の階のロビーに通じている。


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先ほどの張り出しの部屋。


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曲線美が随所で見て取れる。


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さらに奥へ。


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特徴的な空間。ここは体育館のような広さの空間だ。


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とにかく美しい。


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曲線、窓枠、構造、どれをとってもこれほどの廃墟はないだろう。


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ガラスはない。


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お立ち台のような場所。


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この空間だけで並みの廃墟は追随できない。


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お立ち台から見る。


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細長い階段と窓。


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トイレ。


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まわりは鬱蒼とした緑だ。


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そう言えば、この廃墟には残留物がほとんどない。だが、それはあまり関係がない。


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向こう側の通路が見える。


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通路に降りてみよう。


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だいぶ崩壊が進んでいる。実は自分はだいぶ昔に一度この廃墟に来ているのだ。その時より崩壊が進んでいるようだ。


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絶界の廃墟。


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いい雰囲気の通路。


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これは以前から気になっていたもの。巨大なタイヤなのだが、どうやらこれはB-29の動輪らしいのだ。


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「B.F Goodrich」とある。この会社は戦中、B-29用のタイヤをアメリカ軍におろしていた。どうやら本物のようなのだ。真相は、屋上にあったタイヤがこの場所に落下したものだとゆうが、なぜ屋上にそんなものがあったのかは、今も謎である。


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雨が強くなってきた。


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通路から内部を見る。


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息を飲むような幻想的な光景だ。


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開けた場所までやってきた。


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煙突。


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丸く張り出した特徴的なテラス。


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ゲーム「フラジール さよなら月の廃墟」では、この摩耶観光ホテルを模した廃墟が出てくるが、そのさい、このテラスもでてくる。この鉄柱が印象的なのだ。


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このテラスからは神戸市がよく見える。できれば、この場所で一泊してみたいものである。


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破壊された電話機があった。


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テラスから建物側を見る。朽ちた外装が見て取れる。


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側面には、円形の窓の部屋の張り出しが見える。


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テラスのそばにある部屋に入る。


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ここはなんだろう。屋外のキッチンかなにかだろうか。


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窓からは下の階段が見える。


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ちょっと苦労して艦橋のような張り出しまで来た。


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優美な曲線で構成されている。


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この場所からは全体が見渡せる。


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ものすごく気に入っている。丸窓。摩耶観光ホテルの特徴の一つだ。


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再び下まで戻ってきた。


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そろそろこの廃墟ともお別れの時間なのだ。


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このような廃墟が日本にどれくらい残っていようか。これほどの廃墟美にあふれた場所が、いったいどのくらい・・・


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これは一時の幻想である。日常が見せる非日常の極みである。


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この場所に長くいると、日常に帰れなくなってしまうだろう。


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廃墟界の憧れは、不思議な魔力を持って我々を迎えてくれる。
いつの日かまた、この場所を訪れよう。

その日まで、静かに眠れ。



祝100物件目!

どうもお疲れ様です!「廃墟を旅する」の管理人、東雲みょんでございます!
数年前、ふとしたことがきっかけで始まった当ブログは、早いものでもう4年!志免炭鉱竪坑櫓に始まり、今回の摩耶観光ホテルにて、ついに100物件を掲載達成することに成功しました。これまで、いろいろなことがありましたが、ここまで来ることが出来たのは、ひとえに、このブログを見てくださっている皆々様方の支えが合ってのことです。本当に有難うございます。これからも、体力と気力が続く限り、廃墟に生き続け、記事を更新しますので、ご期待ください!

それでは、次の物件でまたお会いしましょう!

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時を超えた郷愁への旅路へ・・・
  1. 2014/06/24(火) 01:14:38|
  2. 宿泊系廃墟
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【産業遺産】熊ノ平変電所

古くからの付き合い 思い出の地を訪ねて

熊ノ平変電所

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前回の記事【碓氷峠の廃線】に引き続き今回も信越本線廃線区間、【熊ノ平変電所】をお送りしたい。

この廃墟に来るのはこれが初めてではない。そればかりか一回どころではなく、小学生のころから何度も訪れてきた。この廃墟は言わば、自分の廃墟探訪人生の出発点的存在なのだ。だから、四季折々に変化する廃墟の魅力を、一番味わってきたのもこの廃墟だろう。

トンネルを抜けるとそこは別世界の廃墟空間だが、朽ちた線路と駅の先に、この廃墟はいつも変わらず、存在していた。


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以前の記事でも紹介したが、遊歩道がこの場所まで伸びたことで、この廃墟にも変化があるものと確信してした。普通なら廃墟に侵入できないように板で窓をふさいだり、溶接でドアを封鎖したりするものだろう。しかし、一見するとまったく変わらない変電所の姿がそこにはあった。古い友人が昔と変わらずそこにいるような、不思議な安心感を覚えた。


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この階段を登って中に入るのも昔から変わらない。


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入ったらまず宿直室のような部屋に出る。

この変電所が建設されたのは戦前の1937年だ。そのころの日本はというと、破滅へと大きく近づくことになる大事件が発生していた。日華事変である。盧溝橋事件から端を発したこの事件は、最初こそ限定的な紛争だったが、次第に戦域が拡大し、そして日中の全面戦争へと移っていった。これが元で日本は引き返せない崩壊の道を歩むことになったのである。


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そして、1997年に役目を終えた。それは、軽井沢~横川間が廃線になったのと同時だった。それから、長い静寂が訪れた。


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入ってすぐに奥へ進むと、広いフロアに出た。機械室のような場所か。当時の機械類はあまり残ってはいないようだ。


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暗い室内を特徴的な窓からさす光が照らしていた。


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細長い階段を下りる。


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最初に来たときからほとんど変わっていないことに驚く。


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廃墟の時は、緩やかに進んでいる。めまぐるしく変わる自分の周りの環境の変化をものともせず、ただただ終わりへと向かって。


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フロアに下りた。


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ものが乱雑に散らかっている。


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人のいない世界になったら、どこもかしこもこうなるのだろう。


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懐かしいものが置いてある。このノートに訪れた人が思い思いのことを書いている。昔からある風景だ。


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灰色の部屋がある。


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この椅子から当時の人のぬくもりを感じることはできない。


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この部屋も今は静寂だけが支配している。


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フロアの探索をしよう。


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はがれかかった消火器の文字。


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天井には巨大なクレーン。


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この壁の向こう側は外の変電施設へ続いている。


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古ぼけた担架が立てかけてある。これを使うことはもうないだろう。と信じたい。


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クレーンの名盤。


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空っぽの四角い機械


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巨大なクレーンのフック。じっとぶら下がっている。


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棚とはしご。中のものはほとんどない。


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くもの巣のようにガラスが割れている。


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明と暗。


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こんな場所には不釣合いな椅子。駅舎にでもあったのだろうか。


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上からぶら下がる電話。シュールな光景だ。


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そろそろこのフロアから出ることにする。


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階段をあがってきた。宿直室の隣に階段がある。


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階段をあがってきた。


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外を覗くと線路が見える。


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階段の先にはがらんとした何もない部屋がある。


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ここがこの廃墟の最終フロアだ。昔の思い出がよみがえる。


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植物がここまできている。


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扉の先。そこには何もない張り出しがあり、下は峠の車道と緑が見える。


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山深き中に幻想的な光景が広がっている。人はここにも構造物を作る。そして、いつの日か使用しなくなり、この廃墟のように忘れていく。


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ゆっくりとした滅亡へ向かい、時間は未来に進んでいる。

次回予告
なんと、今回の記事が、「廃墟を旅する」の掲載物件数99となることが判明しました!
ここまできてしまったか。もうそんなになるか。

ということで、次回は100記事目です。
今までの感謝をこめて、次回の物件は廃墟界の聖地、【麻耶観光ホテル】を送りします!

さらに、期間限定で現在公開していない【信州観光ホテル】も公開します!
お楽しみに!

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刻が見える・・・ そんな気がする・・・
  1. 2014/06/14(土) 15:05:19|
  2. 産業遺産
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