廃墟を旅する 

産業遺産や戦争遺跡、時を超えた郷愁への旅路へ・・・

【戦争遺跡・地下壕】茂原海軍航空隊・長尾地下壕

ほの暗い土の中から

茂原海軍航空隊・長尾地下壕

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前回の【茂原海軍掩体壕群】で触れたように、今回から二回連続で茂原に掘削された海軍地下壕を紹介していく。
第一回目の今回は、兵員の宿舎壕とも、司令部壕とも呼ばれている「長尾地下壕」を紹介する。


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新茂原駅から少し離れた場所、豊田小学校の隣に素掘りの隧道がある。これが目印だ。この隧道は軍が掘削したかどうかはわからない。


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壕口がわからないので、まず周りを少し探してみた。するといくつも小さい壕や連絡壕があることがわかった。


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このような小さな壕が沢山ある。これは貯蔵庫だろうか。


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いくつかある連絡壕のなかでも立派なものがあった。


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コンクリートで入口と出口の場所に段差が作られている。この連絡壕の中間には天井に突き抜けの穴が開いていた。コンクリートの段差は戦中に作られたのか、戦後に作られたのか不明。


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隣に小さな壕があった。


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なんだかんだかなり探してやっと見つけたメインの壕口。これが長尾地下壕の入口だ。


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さっそく入壕。


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入口からまっすぐの坑道を進んで左に進むと広い部屋が現れた。


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全体に丸く掘削されている。このような部屋が全部で11個所ほど存在する。


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進んだ先の通路。T字路になっている。右に行くと外に開口している。


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次の部屋にポツンとあった碍子。この壕に電気が来ていたことを思わせる遺物だ。


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二部屋目の次の通路に二つ目の開口部。


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三つ目の部屋。この壕若干ゲジが多い。しかも群衆している。非常に不快。というか恐怖。


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さらに進むと三差路が現れた。これを左に行く。


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一つの部屋があり、その先は外に通じていた。


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これを見ればわかるが、段差が高すぎて外に出られない。どういうことだろう?


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三差路を右に行ってみる。少し崩落している。


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大戦末期の建築ではあるが、海軍の壕というものは非常に綺麗に掘削されていることが多い。今回の壕も美しく掘削されている。おまけに頑丈そうだ。


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ここも非常に綺麗だ。


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二つの部屋を抜けるとT字路が現れる。そこを右に行くと四つ目の開口部が通路の先にあった。


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小さい部屋とこの壕で一番広い部屋を同時に見る。こうしてみると長大な通路のようにも見える。


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またも出てきたT字路。これを右に行くと二つの小さな部屋がある。


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規模は小さいが、


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綺麗に掘削された階段が二つの部屋には存在する。


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一番広い部屋。今まで見てきたが、この壕は兵員の宿舎能力を考えた作りであることは間違いない。このような作りは軍需工場の地下壕とは明らかに違い、やはり司令部や宿舎壕であったと思う。


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雨が降ると水没してしまうらしい区域。ビンケースで足場が出来ていた。この時は水没していなかった。


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五つ目の開口部。ここは出てみたら密林だった。


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いくつも開口部があるのは、敵から攻められた場合にどこからでも脱出、あるいは反撃ができるためである。千葉は本土防衛戦の要である水際戦をやる地域だ。だからより実戦的な地下壕が構築される。戦闘になればこの地下壕は防衛拠点となったことだろう。


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広い壕から四つ目の開口部に向かって見る。こうして見るとかなり長いことが分かる。約50メートル以上はある。


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いくつかある開口部の一つから外に出た。こうして見ると地下壕の入口が秘匿性を持っていることが分かる。


長尾地下壕
だいたいの壕内図。縮尺などは適当なのであてにしないでください。さらに今回は自分のミスで、水没する最後の部屋の図を描けなかった。なんてことだ。

今回の地下壕は、海軍の地下壕であるということもあってか掘削が非常に綺麗で感動した。今までは軍需工場ばかりだったので、宿舎壕というのは初めてだったが、隊員達は爆撃のさなか、この壕に入ってやり過ごしたり、寝泊りをしていたのだろう。
米軍の本土上陸があれば、九十九里に上陸した米軍をすぐさま迎え撃つことになったであろうこの地下壕。兵員も地上要員として戦闘にあたっただろう。そうなれば玉砕していたと思う。戦闘の最前線として歴史に残ったであろう。
現在、この地下壕を知っている人はほとんどいない。部隊玉砕という歴史が無かったことは嬉しいが、茂原海軍航空隊の歴史とともに地下壕も忘れ去られていくと思うと、寂しいような気がした。

次回は二つ目の地下壕、腰当地下壕を紹介します。

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  1. 2011/02/25(金) 21:14:24|
  2. 戦争遺跡・地下壕
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

小学生の頃に、おじいちゃんが連れていってくれた、長野県にある松代大本営跡を思い出しました(>_<)
  1. 2011/02/26(土) 08:43:49 |
  2. URL |
  3. こはく #bhhZubZs
  4. [ 編集 ]

こはくさん

松代大本営は本土決戦の際の日本政府及び軍部の最後の抵抗拠点であり中枢部として掘削が開始された大規模地下壕ですよね。
日本全国の地下壕数を考えると、軍部が本気で本土決戦をしようとしていたことが伺えます。その場合、自分たちはいなかったかもしれませんね。
  1. 2011/02/26(土) 13:49:04 |
  2. URL |
  3. みょん #-
  4. [ 編集 ]

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